エドガー・アラン・ポーの短編集をKindleで申請した。ポーの作品の多くは青空文庫化されていて、Kindleでもそのまま読むことができる。ポーは怪奇小説、恐怖小説の元祖であり、世界初の探偵、オーギュスト・デュバンを生み出したことでも名高い。デュバンの作品は3つしかないが、青空文庫ではそのうちの一つが欠けていた。「マリー・ロジェエの怪事件」である。「マリー・ロジェエの怪事件」が青空文庫化されたことでKindle本にした。
ポーの作品はけっこうたくさんある。長編はほとんどなく短編ばかりだが、数は少なくない。ほとんどが翻訳されているが、青空文庫で読めるのは佐々木直次郎氏が翻訳されたものだけである。翻訳物は翻訳者にも著作権があるので、翻訳者の死後五十年が過ぎないとパブリック・ドメインにはならないのである。佐々木直次郎氏は1943年に亡くなられているので彼の翻訳したポーものは公開できるが、それ以外の翻訳者の方のポーの翻訳は勝手には使えないのである。
「マリー・ロジェエの怪事件」はおそらくすでに絶版となっている新潮文庫版の『モルグ街の殺人事件』の中に収録されていて、デュパンものなのに青空文庫では置き去りにされていた。Wikipediaでは「マリー・ロジェの謎」となっているが、
「マリー・ロジェの謎」は作品としては成功しているとは言い難い
などと書かれているので、評価は低いようだ。さまざまな新聞記事だけで事件の核心を探るという内容なので、小説としてはいまいち面白みに欠けるところはあるだろう。もともとアメリカのハドソン川で起こった実在の事件をパリのセーヌ川に舞台を移したもので、ポーは実際の事件を小説で扱ったのである。実在の事件を題材にしつつも、最後はデュパンが登場して事件を解決するというフィクションが追加されていれば、小説的には評価されたに違いない。
もともと「マリー・ロジェエの怪事件」は自分で書き起こしてもKindle化したいと思っていたが、あっけなく青空化されたので、そのまま使用させていただいた。ただし「マリー・ロジェエの怪事件」が青空化されてしまうと、ライバルが増えることは確実。そこで差別化が必要になった。
差別化ポイント1 注釈対応
新潮文庫版には、翻訳者の詳しい注釈が掲載されている。ポーの作品は無料でKindleでダウンロードできるが、注釈は掲載されていない。注釈は編末にそのまま乗せることもできるが、実際それでは電子書籍の意味がない。ページジャンプして注釈番号をタップすると注釈を表示させる必要がある。さらに、注釈のページから元のページへのリンクも必要になる。
↓
*本文中注釈番号をタップすると、注釈ページを表示する。注釈ページの番号をタップすると元にページに戻る。ただしタップ位置がページの端にあると、ページめくりが優先されてしまうのが難点。
制作はInDesignなので、ハイパーリンク機能を使う。テキストアンカーでハイパーリンクするとepub内でリンクされる。一つの注釈に行って戻るリンクが必要なので、二つのハイパーリンク設定が必要になる。「マリー・ロジェエの怪事件」などは原注と訳注合わせて三十を越える注釈があるので、ここに一番時間がかかる。青空文庫からepubを作成するのは簡単なのだが、注釈の設定はけっこう面倒だ。
実際やってみるとハイパーリンクパネルのリストがとても長くなってしまう。一作品あたり二十カ所の注釈があると、五作で注釈は百個、ハイパーリンク数はその倍の二百個を数えることになる。こうなると、ハイパーリンクの管理が大変になる。四十ぐらいだったら、モニタの画面にリストが収まるが、二百となるとハイパーリンクパネルをスクロールして設定を確認しなければならない。
そこで、今回は一作ずつInDesignで作成し、ブック機能でInDesignファイルをまとめてepubに書き出すことにした。そうすることでハイパーリンクが煩雑になることは回避できた。ただし、ブックして段落スタイルを同期しても、段落スタイル名はブックごとに別名になって書きだれてしまった。たとえば「indent-2」という行頭2文字下げの段落スタイルがあるとする。すべてのInDesignドキュメントには同じ内容の「indent-2」がある。それをブックにしてInDesignから書き出すとスタイルシート名が
indent-2
indent-2-1
indent-2-2
indent-2-3
……
というように書きされてしまうのだ。そうすると、epub内のスタイルシートを手動で編集しなければならない箇所が増えてしまう。これは予想外の展開だった。
差別化ポイント2 挿絵も挿入
Wikipediaのポーの作品ページには、当時の書籍に使われていた挿絵が掲載されている。オーブリー・ビアズリーやハリー・クラークなど、味わいのある挿絵があり、これを使いたいと思った。挿絵自体はすでにパプリックドメイン化されているので、本文を読みながら、適当な場所に挿入していけばいい。一作品に概ね一つは挿絵があり、それを入れることにした。当時の雰囲気が透けて見えそうで、これも電子書籍ならではのことだろうと思う。
差別化ポイント3 曇天文庫版を追加
青空文庫にある佐々木直次郎訳のポー作品は10作品しかない。いずも新潮文庫に収録されていたものだけである。あと3つほど、森鴎外訳のものかあるが、タイトルが異なっているだけで、「病院横町の殺人犯」は「モルグ街の殺人事件」で、「うづしほ」は「メールストロムの旋渦」なので、「十三時」だけが重複していない。ただし鴎外(林倫太郎)訳はドイツ語からの重訳なので、採用しないことにした。
そこで曇天文庫にあるポーの作品集から佐々木直次郎訳で青空文庫にないものを追加することにした。新潮文庫版『モルグ街の殺人事件』には「奇態の天使(不条理の天使)」を追加し、現在準備中の新潮文庫版『黒猫・黄金虫』には「罎の中から出た手記(壜のなかの手記)」を掲載することにした。
全部合わせて一冊することも可能だが、そうなるとチェックに時間がかかるし、ミスのも増えそうになる。それと発刊されている書籍に準じて電子化する方が読みやすいのではないかと思うことがあり、分冊することにした。新潮文庫版に準拠して『モルグ街の殺人事件』と『黒猫・黄金虫』の2冊で申請することにした。
*iPhoneのKindleアプリでの目次。
Kindleでパブリック・ドメインを申請すると、アマゾンからパブリック・ドメインであることを確認するURLを求められることがある。求められないこともある。どういう基準なのかはわからない。今回はそれがあって、いままで通りに作家と翻訳者のWikipediaのページを連絡したが、あとで挿絵がパブリック・ドメインであることを連絡し忘れていたことに気がついた。そこに手間取ったので、申請してKindleページに並ぶまでに時間がかかってしまった。しかしWikipediaがなければ、挿絵がパブリック・ドメインであることの証明は難しかっただろうと思う。Wikipediaには感謝しなければならない。
InDesignを使っていなければ、注釈リンクを追加することはなかったと思う。注釈だけでなく、書籍の冒頭では作品それぞれのWikipediaのページへのリンクも用意した。世界で初めて分筆業で飯を喰おうとした作家の作品を是非楽しんでいただきたい。
◆ポー短編集 モルグ街の殺人事件 注釈対応版